2019年5月16日木曜日

『情報なき国家の悲劇』を読んで


 堀 栄三『情報なき国家の悲劇 大本営参謀の情報戦記』を読みました。

 著者は、太平洋戦争中の昭和18年の途中から大本営の情報参謀や第14方面軍の参謀を務めた軍人です。

 以下、心に残った点をあげます。

 1 日本陸軍は昭和18年後半になるまでアメリカ軍を分析する組織を持っていなかった。

 これに対してアメリカは、大正10年ころから対日戦を想定して準備を進めていた。

 相手のこともわからないで戦争を始めるとは驚きですね。

 2 戦争中にアメリカが日系人を強制収容したのは日本のスパイ(日系人)に活動させないためである。

 著者の見解です。

 或いはそういうこともあろうかと思いますが、それならドイツ系アメリカ人が強制収容されなかったのはなぜなのか?

 著者の考えを聞いてみたいところです。

 私は、日本が宣戦布告無しでハワイを攻撃したことが大きな理由だったように思います。

 3 台湾沖航空戦で戦果は全くあがっていない。

 これは著者の優れた見識です。
 
 自ら鹿屋に赴き、攻撃に参加したパイロットに事情聴取して出した見解です。

 真っ暗な中で攻撃し、誰も明確には戦果を確認していないわけです。

 そして、アメリカ軍の弾幕を超えて攻撃できる飛行機はほとんどなかったわけです。

 著者はその旨大本営に電報で知らせますが、作戦課に握りつぶされてしまったようです。

 4 山下大将は優れた指揮官であった。

 山下大将(第14方面軍司令官)はルソン島赴任前に大本営と十分な打ち合わせを行い、同島で決戦を行う旨決めていました。

 しかし、台湾沖航空戦の「戦果」を前提にした大本営及び南方総軍の圧力で、やむなく重要な戦力をレイテ島に派遣せざるを得ない状況になってしまいました。

 しかし、それでも持久戦を展開し、終戦まで継続して戦ったのは実に立派です。

 また、著者の台湾沖航空戦に関する正しい見解を受け入れた識見も大したものです。

 他の将官も山下大将のような優れた人物であったのなら戦争の帰趨も少しは違ったものになったのかもしれません。

 非常に残念です。

 なお、山下大将は人間としても立派な人物だったようです。

 この人がなぜ戦犯なのか理解に苦しみます。

 もっとも戦後の軍事裁判が連合国の日本に対する報復だと考えれば納得できますが。

 5 広島、長崎への原爆投下はアメリカ軍の戦死者増加とソ連の日本占領を防ぐためだった。

 著者の『敵軍戦法早わかり』という著作の影響もあって、ペリリュー島、硫黄島、沖縄では日本軍(陸軍)は善戦し、アメリカ軍に想定外の損害を与えました。

 そして、沖縄占領後の次に予定していた九州上陸作戦はどうしても10月以降になってしまう。

 そうしているとソ連に日本の半分を占領されてしまう。

 そこで、戦争終結を早めるために原爆投下を行った。

 以上のようなことが私の記憶に残りました。

 小笠原兵団長だった栗林大将、第35軍高級参謀の八原大佐に続く私が知る太平洋戦争中の3人目の優れた軍人です。

 3人共陸軍大学出です。

 ただし、前二人が恩師の軍刀組(陸軍大学を5番以内の成績で卒業)なのに対して、著者は違ったようです。

 読後感として思ったのは、戦争指導を行った大本営作戦課にどんな人がいて何を根拠にしてどういう結論を出して作戦指導を行っていたのかという疑問です。

 大本営作戦課は、恩師の軍刀組でないと配属されなかったそうです。

 頭のいいバカだったのでしょうか?

 今の日本にも関係するので非常に気になるところです。

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